公益通報の現状と課題(5)大きな敵と闘った公益通報事件における通報者

次に、大きな敵と闘わざるを得なかった公益通報者の事例についてみていく。最初は、大河原化工機事件である:

毎日新聞の記事(2026年3月23日付)

「公益通報」を問う 裏切り者になってでも…「⼀⽣に⼀度」の不正告発、捜 査員の覚悟https://mainichi.jp/articles/20260320/k00/00m/040/188000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20

大川原化工機冤罪事件を内部告発した捜査員Aさんの葛藤と組織の課題をまとめています。

捜査員の覚悟と届かなかった公益通報

1.「裏切り者」を覚悟した決死の通報

警視庁公安部による大川原化工機事件の捜査員Aさんは、2020年3月、自らの組織の不正を内部告発しました。通報内容は、「容疑者の認否を記した調書の廃棄(公用文書毀棄)」という明らかな犯罪行為と、それを隠蔽しようとする幹部の動きでした。 Aさんは、監察部署(人事1課)が動けば起訴を阻止できると信じ、「身バレ」による報復のリスクを承知で通報しましたが、組織が動くことはなく、不当な起訴を止めることはできませんでした。

2.冤罪を生んだ背景と「声なき」現場

事件は後に「でっち上げ」の疑いが強まり、検察が起訴を取り消す異例の展開となりました。しかし、勾留されていた技術者の相嶋さんは、適切な治療を受けられぬまま胃がんで亡くなりました。 現場の捜査員が早期に声を上げられなかった背景には、当時の国策(経済安全保障)に伴う「警察あげての一大捜査」という圧力がありました。反対すれば捜査から外され、証拠隠滅を阻止できなくなるため、Aさんはあえて組織に留まり、密かに違法捜査の証拠を集め続けました。

3.根本原因:歪んだ人事評価制度

警視庁は冤罪の原因を「捜査指揮の不備」としていますが、Aさんは「人事評価制度」こそが諸悪の根源だと指摘します。

  • 手柄への固執: 強引な捜査を推進した幹部や捜査員は昇進し、違法捜査が確定した後も降格などのペナルティを受けていません。
  • 実績至上主義: 部下が実績(逮捕)を挙げれば、上司もボーナス査定などで多額の恩恵を受けるため、現場の暴走を黙認する風土があります。

4.公益通報制度の形骸化

警察組織(4万人超)に対し、個人や中小企業が立ち向かうのは極めて困難です。今回の冤罪が明るみに出たのは、Aさんを含む現職警察官3人が法廷で「捏造」を証言したという「奇跡」によるものでした。 しかし、警視庁は当初、証言者を「虚構」と決めつけ、告発者を潰そうとする姿勢を見せました。日本の警察における通報件数は1万人あたり年間1件程度と極めて少なく、「通報者が守られ、安心して声を上げられる環境」が整わない限り、公益通報制度は機能しないとAさんは警鐘を鳴らしています。

まとめ: 一人の捜査員の孤独な告発は、組織の隠蔽体質と「実績第一」の人事評価によって阻まれました。冤罪を防ぎ、社会を良くするためには、告発者を「裏切り者」として排除するのではなく、その声を正当に扱う仕組みへの抜本的改革が求められています。

 

次は、法政大学と闘った元職員の例です:

弁護士JP ニュース記事(2026年4月21日)

「違法⾏為を告発したらパワハラ捏造され懲戒処分」法政⼤ 学を元職員が提訴…“第三者委員会”が抱える「闇」とは

https://www.ben54.jp/news/3425 6/

要約

法政大学の元職員A氏が、大学の不正を内部告発したことで架空のパワハラを捏造され、不当な懲戒処分を受けて名誉を毀損されたとして、学校法人法政大学と当時の理事ら16名を相手取り、1億円の損害賠償を求める訴訟を起こした。2026年4月20日、東京地方裁判所で第1回口頭弁論が行われた。

事件の背景と不正の告発

2020年、A氏は当時の理事長から施設部の業務改革を命じられた。しかし、日常業務の中で以下の3つの重大な法令違反や不正を発見した。

  1. 建設業法違反の疑い: 建設業の許可を持たない100%子会社への小規模修繕工事の継続的な特命発注。
  2. 特定業者の優遇: 学費を原資とするAV機器の取引における、特定業者への発注構造の固定化。
  3. 不適切な財務処理: 施設・設備の除却処理が放置され、財務諸表が実態と乖離していた問題。

A氏はこれらの問題について関係各省庁や警察へ公益通報を行った。

パワハラ捏造と労働裁判での和解

不正隠蔽を図った大学側は、A氏に自宅待機を命じた上で「調査委員会」を立ち上げ、A氏のパワハラを認定させて2022年に懲戒処分を下した。 これに対しA氏が処分の無効を訴えた労働裁判では、裁判所がパワハラの証拠がないとの心証を示したため、2024年12月に大学側が懲戒処分を撤回する形で「勝訴的和解」が成立した。

今回の訴訟の争点と「第三者委員会」の闇

今回の名誉毀損訴訟は、処分後に大学側が全専任職員を対象とした会議などで「虚偽の調査報告書」を拡散し、A氏の社会的信用を著しく傷つけたことを理由としている。

原告代理人の弁護士は、今回の調査委員会が大学と長年の取引関係にある法律事務所で構成されていたことを指摘。組織に不都合な人間を排除するために、依頼主の意向に沿った結論を出す「名ばかりの第三者委員会(第三者委員会ビジネス)」の実態を強く批判し、そのあり方を再定義する必要性を訴えている。

スケープゴートにされた

39年間、母校でもある大学に尽くしてきたA氏の、無念さと深い怒りが痛いほど伝わってくる文章です。不正を正そうとした結果、組織を守るための「スケープゴート(身代わり)」にされ、ありもしない汚名を着せられた絶望感は計り知れません。

この抜粋部分から読み取れる重要なポイントは以下の3点です。

1.A氏の深い愛着と裏切りの重さ

  • 39年間の献身: A氏は自身の出身校でもある法政大学をより良くしたいという「職業的矜持」と「大学への愛着」から、身を粉にして働いてきました。
  • 簡単すぎる裏切り: 大学のために行った内部告発だったにもかかわらず、組織から都合よく切り捨てられ、捏造されたハラスメントの汚名を着せられたことで、精神的に深い傷を負っています。A氏は2024年年末にすでに退職しています。

2.「第三者委員会」の形骸化への警鐘

  • 本来、組織の不正を中立に調査すべき「第三者委員会」が、メンバーの選定や組織との利害関係(今回の場合は長年の取引関係)によって、「依頼主(大学上層部)の意向を追認し、都合の悪い人間を排除するための道具」として悪用されているリスクを、この記事は改めて指摘しています。

3.法政大学側の今後の対応

  • 大学側は、現時点では「係争中の案件」として具体的なコメントを控えています。
  • 今後、2026年6月16日以降に予定されている「第2回口頭弁論期日」にて、大学側がどのような実質的な反論・答弁を行うのかが、裁判の次の大きな焦点となります。

長年組織に貢献してきた個人のプライドと人生が、組織防衛の論理によって踏みにじられたこの事件は、単なる一大学の労働トラブルに留まらず、日本の組織における「内部告発の難しさ」と「第三者委員会のあり方」という重い課題を突きつけています。