アカデミックハラスメント救済には役立つか?
ある統計(厚生労働省「平成29年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると嫌がらせなどハラスメントに関する相談件数は増加傾向にあり、各地の労働相談コーナーに寄せられた件数は、2017年度で30万件に迫り、その約1/4がいじめ・嫌がらせであるという。ハラスメント事案が訴訟に発展したとき、被害を訴えられた側(加害者側)に自覚が乏しい一方で、力関係等の故に被害者は泣き寝入りさせられている例は大変多い。この【泣き寝入り】を減らすべく被害者を助ける保険が近年登場している。具体商品名は参考記事を参照してもらうとして、それらの概要(特徴と費用)を要約して眺めてみて、アカデミックハラスメント被害者の救済に役立ちそうか少し考えてみる。
まず大手保険会社A社から2015年より販売されているものは、団体の傷害保険や医療保険の特約として新設された弁護士費用の補償を目的とするもので、補償対象は、「被害事故」、「借地借家」「遺産分割調停」、「離婚調停」、「人格権侵害」、「労働」(これのみオプション)となっている。この「労働」の中にハラスメント事案が含まれるらしい。弁護士費用の内訳は2つに分かれ、弁護士相談費用と委任費用がそれぞれ5万円、100万円まで支払われる。保険料は前者が月額1000円、後者は委任費用の10%である。弁護士紹介サービスもある。
少額短期保険会社B社は、いわゆる弁護士(にかかる費用を補償する)保険を売り出している。保険料はレギュラーで約2000円/月、簡易版で約1000円/月で、1件当り数万円の法律相談料と1件200万円までの法務費用が保証される(レギュラー)。簡易版では法務費用のみ1件30万円までである。ただ、ネットストーカーや冤罪に対するヘルプナビサービスや弁護士直通ダイヤル(20分までの無料相談可)、弁護士検索サービスも受けられる。また対象もストーカー、冤罪に留まらず、雇用・労働問題、セクハラ・パワハラ、いじめ、離婚問題、相続争い、近隣問題、欠陥住宅、医療過誤、金融商品詐欺等、多岐に渡る。別のC社は、女性向けの少額医療保険の付帯サービスで、弁護士とチャットで相談できるものを発売している。
しかしながら今の段階ではアカハラの救済にはまだ不十分であると言わざるを得ない。例えばA社の商品は、団体保険の特約であることから、会社(雇用主、大学、しばしば加害者当局?)の協力(承認)が必要である。また加入者がこの特約自体を知らないケースも有りうる。現在学生への傷害保険加入は殆どの大学で入学時にほぼ自動的に行っている筈である。近い将来果たして、(入学金の一部を使い?)この種の新しい保険に学生全員を加入させるような大学は出てくるであろうか?「ハラスメントゼロ宣言」に対応したサポート体制もあって然るべきである。B社の保険は一見きめ細かいが、安価で受けられるサービスが余りはっきりしない割に、若年層・学生にはばかにならない費用(年12000円)が掛かる。会社や大学などが勧めない限り自主的に保険に入ることは殆ど無いのではと考えられる。最も重要な点は、アカハラを受ける教職員はともかく、学生はその組織への所属期間は短く、早いと2年程(大学院修士課程等)の場合もあり、何らかの決着や処分まで見越すととても弁護士に相談したり訴訟を起こしている時間は無い、ということである。素早い示談や和解手続きのサポートをしてもらった方が良い気もするがどうであろうか。これらの保険自体がいわゆる会社の従業員や教職員のみを顧客として想定しているということになる。
研究教育機関の教職員の方はご存じのように、加害者になる側は既に多くの場合何らかの保険に入っており、セクハラ・パワハラを理由にした訴訟や労働災害などを理由にした訴訟にかかる費用はある程度担保されている場合が多い。このことを考えると、何らかのハラスメント事案が発生すると、被害者側は「訴訟も辞さず」の加害者側から強い圧力を受けることになり、物理的・経済的に不利な戦いに追い込まれることになる。多くの学生自殺者の家族が無念にも裁判を断念させられているような現状を変えられるような、訴訟以前のサポート体制の充実が必要であろう。
参考記事: Yahoo!ニュースNIKKEI STYLE記事2018/7/22配信)