―デイズジャパン検証委員会による報告書(2019/12/26公開)についてのコメント(1/3)―
報告書(デイズジャパン社のホームページhttps://daysjapan.netからダウンロード可能)はかなり長文(A4 112頁)で詳細なものであり多岐に渡っているので、まず以下に目次を引用する。なお委員会の委員は金子雅臣(職場のハラスメント研究所 代表)、上柳敏郎(弁護士)、太田啓子(弁護士)の3氏である(同名記事 (1)参照)。
第1 調査経過
第2 デイズジャパン社及び広河隆一氏の概要等
第3 広河氏によるハラスメント行為
第4 ハラスメント発生の原因
第5 デイズジャパン社の労働環境
第6 会社解散決定に至る経緯
第7 労働組合結成とデイズジャパン社の対応
第8 会社解散の問題点—「偽装解散」だったのか
第9 一般財団法人日本フォトジャーナリズム協会の現状についての状況
第10 デイズジャパン社のコンプライアンス
第11 広河氏の現在の考え方と検証委員会の意見
第12 ハラスメントの責任履行の勧告
第13 デイズジャパン社の事件から得られる教訓
まず初めに、この報告書自体はかなりの期間(9ヶ月?)をかけたせいもあり、詳細かつ客観的な(デイズジャパン社との独立性が担保されている)ものとなっており、事件前後の経過もある程度追うことができて、十分評価できると思われる。この種の社会的に話題となった事件で、ここまでの詳細な報告は恐らく初めてではないだろうか。大学などでのアカデミックハラスメントでは、被害者のプライバシー保護を隠れ蓑にして、被害実態や加害者の詳細がうやむやにされ、結果的に加害者を擁護したり、被害者に二次被害を与えるることは日常茶飯事である。報告書の内容で印象に残った点の主観的要約と幾つかの項目へのコメントを試みてみたい。
1)調査過程
2018年末の、週刊誌による広河氏のハラスメント告発以降、当初はデイズジャパン社の依頼により直後に会社代理人に就任した弁護士と年末まで編集長であった人物による調査、面談が開始された。しかしながら「調査に熱心すぎた」その弁護士は2週間足らずの2019年1月13日、デイズジャパン社により解任されたようである。その後、検証結果を掲載するという最終号の期限(3月)が迫る中、会社代理人とは別の第三者に検証作業を依頼することになり、2月上旬に発足したのがこの検証委員会である。
調査を進めるにあたって、デイズジャパン社と重要な関係をもつと思われる広河事務所、日本フォトジャーナリズム協会などにも委嘱・調査の対象を拡げることになった。調査期間は(結果的に)2月中旬から12月20日までとなったようである。調査は資料調査とヒアリングが行われたが、一言で言ってそれらの作業は多くの制約を受けた困難なものであったようで、その要因として挙げられているのは次の3つである。
a) デイズジャパン社からの情報提供の不足
特に過去に在籍していた社員などについての情報が未整理で混乱していて、そのため関係者の名簿作りから始めざるを得なかったようであるが、社員以外にも多くの(短期)ボランティアやインターン、果てはなんら契約関係のない一時的な「アシスタント」という職種も存在し、曖昧でほとんど記録も無い状況であったらしい。すなわち、調査しながら調査対象を発掘し、その範囲を決めていくような作業であったという。当初判明したデイズジャパン社の関係者数はおよそ以下のようであったという:
- デイズジャパン社元従業員;82名
- 広河事務所元従業員;11名
- ボランティア;13名
- 役員;5名
- 協力会社アウレオ社*の出向社員;6名
*監査役 守屋祐生子氏が代表取締役を務める健康食品販売会社
そして最終的なヒアリングの実施人数は45名(デイズジャパン社元社員11名、広河事務所元社員4名、元インターン1名、アウレオ社出向社員2名、役員及び元役員5名、フリーランス編集スタッフ4名、デイズジャパン社顧問税理士1名、顧問社労士1名、その他ジャーナリストら広河氏と交際があった者12名)であった。
b) デイズジャパン社役員らの言動等への不信感の影響
まずそのきっかけとなったのは、先に述べた、最初に会社代理人になった弁護士の1月中旬での解任である。熱心にハラスメント実態の解明に取り組もうとしていた弁護士を解任することは執行部への不信感増大につながった。これと関連して、当時労働組合を結成していて会社解散に伴う退職時期を交渉していた一部社員が、最終号の編集などから排除されたという事情も大きい。当初は年末退職の予定であった社員らも、広河氏のハラスメント告発による混乱の中で、最終号が検証委員会による(中間)報告と外部スタッフによる(セクシャル)ハラスメントについての企画記事で構成されることになったため、改めて編集に参加する意欲を見せていたらしいが、全員排除されたらしい。
さらに同名記事 (1)でも触れたが、1月末の本検証委員会の発足にあたり、その(社員に対する)説明の中で、川島氏(取締役)が、社員からの「検証に応じてなされた証言を役員が検閲するか」という質問に対し、「会社に不利益になるものは載せないのが当然である」と回答するという事態が発生。これを聞いたものは検証委員会の公正性に疑念を抱くことになった。デイズジャパン社からの独立性を保証する形で委嘱され発足した検証委員会の正当性を委嘱者自らが否定するという体たらくである。この発言は、元社員有志により結成された「DAYS」元スタッフの会のHP
https://days-former-staffs.jimdofree.com/
で発表された声明(2019/3/22付)で初めて指摘された(検証委員会もこの時初めて知り、直ちに川島氏ら幹部に確認している。彼らは当初否定していたがその後認めるに至った)。このことについて検証委員会は「一部の関係者に対し事情を説明して理解を求めるための時間と労力は相当なものを要することになってしまったのは事実である」としている。なお、最終号掲載(2019年3月号)の検証委員会作成記事については、以下のようなコメントがある。「全貌把握には至っていないため、、、『中間報告』という形式をとることは控え、その時点での広河氏の説明及びこれについての批判的考察を入れて報告するに留めざるを得なかった」。
c) 広河氏の非協力
結局デイズジャパン社からの情報提供によっては、広河氏から性的被害を受けた女性達の多くには接触できなかった。それに加え、広河氏本人は、過去に性的関係をもった女性達については「記憶がない」としてその女性達の名前を明らかにすることはせず、『被害者が誰であるか把握すること自体に相当の時間と労力を要した』という状況であったらしい。
また、検証委員会が会社の解散決定に関連して広河氏が出資し(500万円)2018年11月に設立した」一般財団法人フォトジャーナリズム協会について調査しようとしたが、設立時の役員が2019年6月に変更された後の新役員について、広河氏は明確な回答を避け続け、やっと11月に登記で明らかになるという事情があった。さらにその後においても、「協会」は度重なるヒアリングの申し込みにも応えず文書による回答も得られないという状況が続き、検証作業の著しい遅れに繋がった。
検証委員会の次の指摘はある意味本事案の大きなポイントであるかも知れない:広河氏、及び役員らによる非協力的態度は、デイズジャパン社は既に解散が決定しており清算段階に入った会社であるという、本件の特殊性に由来するところもある。すなわち一般的には、「会社等が組織内の不祥事について第三者による検証を依頼するのは、(客観的調査によって)組織の問題を糾して社会的信頼を回復し、その後の事業を健全かつ円滑に行うことが目的である。今回の場合は、デイズジャパン社には今後に事業継続が無いという事情から、広河氏及び役員間で信頼回復のモチベーションが働かなかった、と結論している。
2)広河氏、デイズジャパン社の概要等
a) 広河氏の概要
- 1943年中国天津市で出生。早稲田大学を卒業後、1967年5月にイスラエルで取材を開始し3年間滞在。以降、パレスチナ難民を巡る中東問題、核、チェルノブイリや福島の原発事故等の問題について各地で取材を行い、フォトジャーナリストとして活躍。
- 1987年から1990年まで講談社の「DAYS JAPAN」編集部に参画し、1990年1月廃刊後はフリージャーナリストとして活動。「DAYS JAPAN」復刊のため2003年にデイズジャパン社を設立し、以降2014年9月まで「DAYS JAPAN」の編集長を努めた。以降は発行人(下記b)の経過参照)。
- 広河氏には、講談社出版文化賞(1989)(チェルノブイリとスリーマイル島の原発事故報道)、読売写真大賞(1992)(レバノン戦争とパレスチナ人キャンプの虐殺事件報道)、土門拳賞(2002)(写真記録パレスチナ)など著名な賞の受賞歴がある。また、「パレスチナ瓦礫の中の子ども達」(徳間書店)、「新版 パレスチナ」(岩波書店)等の著書もある。
- 取材・報道の傍ら、救援活動にも尽力。1991年「チェルノブイリ子ども基金」設立、ベラルーシやウクライナの病院等に日本から医療物資や医療費などの支援を行った。1994年「パレスチナの子どもの里親運動」を設立、難民キャンプに「子どもの家」を建設。福島原発事故後は、「DAYS放射能測定器支援基金」、「DAYS被災自動支援募金」を立ち上げ、2012年には福島原発事故で被爆した子どもたちの健康回復のための保養センターとして、NPO法人「球美の里」設立。なおチェルノブイリ救援について2001年にベラルーシから国家栄誉勲章を、2011年にはウクライナからウクライナ有功勲章を受けている。
- 2018年12月26日の週刊誌によるセクシャルハラスメント報道をきっかけに同日付けでデイズジャパン社の取締役を解任された。
b) デイズジャパン社の概要
- 設立の経緯:1987年、広河氏は講談社の「DAYS JAPAN」編集部に、当時編集長であった土屋右二氏からの誘いを受けて参画、1998年の創刊号から廃刊となる1990年1月号まで同誌の発行に携わった。その後、広河氏と講談社「DAYS JAPAN」元編集長の土屋右二氏、デザイナーであった川島進氏とで「DAYS JAPAN」復刊をめざし、同人らが取締役となって2003年にデイズジャパン社を立ち上げた。月刊誌「DAYS JAPAN」は2004年3月の創刊号から2019年3月の最終号まで、通算183号を発行した。
- デイズジャパン社は、雑誌・書籍の出版、写真展・報告会の開催、災害被災地等で行う救援活動の請負及び情報提供サービス等を目的としており、「DAYS JAPAN」誌の発行のほか、書籍の出版や写真展等のイベントに加え、写真コンテストであるDAYS国際フォトジャーナリズム大賞を主催していた。
- 会社役員等:設立時は代表取締役広河氏、取締役土屋氏及び川島氏、監査役が守屋氏(前述)。以降広河氏が代表取締役を務めていたが、2018年12月26日の解任以降は川島進氏が代表取締役に就任している。(その後)2019年11月20日小川美奈子氏が取締役社長に就任し12月30日付けで退任している。2019年3月31日株主総会決議(発行済株式数200株、現在の株主は守屋、広河、川島、土屋、富岡、小川の各氏らしい)によりデイズジャパン社は解散。現在は川島氏が代表清算人となり清算手続中。
c) デイズジャパン社の財政
- 定期購読者の存在と広河氏の圧倒的存在感
雑誌「DAYS JAPAN」は、創刊前から定期購読者を募集して確保し、それによって維持できる程度の売り上げを見込んで創刊されたようである(広河氏の説明による)。この異例なことが可能であった背景には、初期の購読者の中には、当時既に広河氏が書いていた「HIROPRESS」の購読者や以前からの広河氏の著作の愛読者、支援者が多かったためと考えられる。これらの雑誌創刊に至る経緯や初期の財政的基盤を従来からの支援者に依拠して作っていたこと等から、DAYS JAPAN誌における広河氏の圧倒的な存在感はよく分かる(これこそが長期で広範かつ悪質なハラスメントの背景である)。
- 決算報告
直近第15期(2017/10/1~2018/9/30)の決算報告概要は下記の通りである。売上高の相当割合が定期購読に占められていたので、定期購読者を増やすこと、既存の定期購読者の継続がデイズジャパン社の売り上げ確保には非常に重要であった。
定期購読売上高 約5,900万円(約61%)、取次店売上高 約1,400万円(約15%)、その他商品売上高 約1,400万円(約14%)、広告収入 約1,000万円(約10%) 合計 9,700万円。
- 守屋監査役及びアウレオ社による支援
アウレオ社は守屋氏が、1997年に創業した健康補助食品等の製造・販売をする会社で、関連会社として健康補助食品等をネット販売する株式会社シェアワールドをもつ(こちらの代表取締役も守屋氏)。広河氏との最初の接点は、DAYS JAPAN創刊より10年以上前のパレスチナ里親支援活動であったらしいが、2003年頃から広河氏がDAYS JAPAN 創刊のための支援を求める活動を進める中で守屋氏が多額の寄付をし、株主になることと監査役に就任することについての広河氏の打診に応えたという経緯があったようである。以下、アウレオ社及び守屋氏による経済的支援を列挙する:
- 大口株主になる(筆頭株主)。
- 発刊前に数百冊の定期購読を約束し14年半(350万円/年)継続。総額約5,000万円。
- DAYS大賞のスポンサー、総額1,400万円(14×100万円)
- DAYS JAPAN誌への広告費用 各号30万円。
- 広河氏の活動自体への支援:
映画「人間の戦場」*製作費用(上映による収入で足りない分)、保養施設「球美の里」へバス1台。
* http://www.ningen-no-senjyo.com/
ただしアウレオ社は、デイズジャパン社で人手が足りないときや広河氏が対応したくない人事上のトラブルが発生したときなどに、同社の社員をデイズジャパン社に出向させて働かせるということまで何度も行っており、その人件費は全てアウレオ社が負担していたらしい。後述のように、この事情が広河氏によるハラスメントをより複雑化・助長していた面もあることは見逃せない。
そういう問題はあるにしても、アウレオ社、守屋氏による支援はデイズジャパン社の存続を財政面で支えた「大スポンサー」であったことは間違い無い。しかもそれは、デイズジャパン社、広河氏を無条件で支える一方通行という形でなされたようである。
*この原稿執筆中の1月12日、ハラスメント被害者の一人によるデイズジャパン社を訴えた損害賠償請求が提訴されたというニュースが流れた**。これは恐らく本件に関連して最初に司法的判断を求めるものになると思われる。
** https://mainichi.jp/articles/20200112/k00/00m/040/053000c