LGBT差別にまつわるハラスメント (1)

一橋大生のアウティング事件と裁判

 新聞記事等*1-8によれば、事件の概要(事実経過)は大体以下の通りかと思われる。

*2015年4月 一橋法科大学院の男子学生同級生に恋愛感情を告白。

*同年6月   その同級生に、約10人参加のLINEアプリグループに同性愛者だと実名を挙げて書き込まれ、心身に不調をきたす。その後、担当教授やハラスメント相談員らに相談したが、大学はクラス替えなどの対策をせず。

*同年8月24日 講義中にパニック状態になり校舎から転落死。

*2016年    両親は同級生と大学(がアウティングに対し適切な対応を取らなかったとして)に損害賠償を求めて提訴。

*2018年1月  同級生と和解。

*2019年2月27日 東京地裁(鈴木正紀裁判長)請求を棄却。「大学が適切な対応を怠ったとは認められない」(被害を相談した教授について「クラス替えをしなかったことが安全配慮義務に違反するとは言えない」とし、相談員についても「クラス替えの必要性を教授らに進言する義務は無かった」と認定)とした。

 LGBTなど性的マイノリティに対する偏見や差別は、昨年の自民党女性国会議員による極端な差別発言もあって最近やっと可視化され、マスコミ等でも議論の機会が増えてきたが、まだまだ一般的認知度は低い。このような状況の中で、本事件の当事者である一橋大学院生のケースは、他者による本人の同意を得ない同性愛の暴露(アウティング)という形でのセクシャルハラスメントが有名国立大学キャンパス内で発生し、それが悲劇に繋がったものである。

 従来からパワハラ、セクハラが絶えず、多くの(学生)自殺者が出ている大学・研究機関では、当然ながらさらにマイナーな性的少数者差別に関する取り組みはこれまで十分とは言えず、このようなケースの発生は危惧されるところであった。ハラスメントは何らかの差別と結びついている場合が殆どで、特にセクハラでは、差別対象には女性のみでなく性的少数者も含まれ、様々なハラスメントに発展する恐れがある。

 判決後の記者会見で弁護団もコメントしている通り、裁判所は今回何ら本質的な議論(アウティングがなぜ危険なのか、どう対処すべきなのか)に踏み込まず、悲劇を招いた一因である大学の対応を追認した形となった。実際アウティング被害はかなりの規模で日常的に起こっていると推測されるデータもあり(関連民間団体に寄せられた相談件数は2012年3月以降の6年間に110件。信頼する人に告白した結果、周囲に広められ職場に行けなくなる深刻な内容もあった)司法が明確な警鐘を鳴らさない状態は今後重大な事態を次々に招く可能性がある。

*1 同性愛暴露され転落死 一橋大アウティング訴訟 遺族支援者ら明大で集会 (東京新聞 2018/7/21)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201807/CK2018072102000135.html

*2 日本の「当たり前」を問う 同棲弁護士カップルの日常から 今日から渋谷で上映 (東京新聞 2018/9/29)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201809/CK2018092902000169.html

*3 同性愛暴露訴訟、遺族の請求棄却 一橋大生が転落死(共同通信)信https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190227-00000082-kyodonews-soci

*4 アウティング被害後に転落死 一橋大の責任認めず(朝日新聞ディジタル)

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6315395

*5 同性愛暴露訴訟 請求棄却 遺族側「本質に踏み込まず」

 (中日新聞 2019/2/28)

*6 社説」同性愛の暴露 尊厳傷つけぬ配慮を (中日新聞 2019/2/28)

*7 大学側の責任認めず 一橋大同性愛暴露訴訟 東京地裁、遺族の請求を棄却 (東京新聞 2019/2/28)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201902/CK2019022802000138.html

*8 LGBT暴露相談110件 アウティング被害深刻 (東京新聞 2019/4/3)

https://www.chunichi.co.jp/s/article/2019040301001826.html

山形大学の“その後” (2)

パワーハラスメント問題

 先に触れた学生への一連のパワハラ事件と並行して推移し、世間を騒がせ呆れさせているのがこの件である。まず経過をかいつまんでみてみると、以下のようになる。

2016/1月    山形大のxEV飯豊研究センター(移動体用蓄電池の産学共同研究センター)、山形大学と山形県飯豊町が山形県飯豊町に整備。出資額は各8億円と7億円。

2017/3-5月   同研究センターの職員3人がセンター長の50代男性教授からパワハラを受けたとして相次いで退職したことが発覚。

2017/5 月~   同大職員組合、センター長の行為を把握しているかどうか、を問う学長宛の質問書を2度提出。これに対し大学側の対応は一貫して冷淡で、告発を無視し続けた。

2017/11月   大学が学内調査に乗り出す(特別対策委員会を設置)。これ以前(10月)に、職員への暴言を記した書置きや張り紙の画像を組合が証拠として公表し、これまでの対応を抜本的に見直すよう求める書面を(大学に)提出。社会的な批判が強まる。

2018/7/24     xEV飯豊研究センター長に減給1万円(1日分給与半額)の懲戒処分を発表。「有り得ない軽さ」と職員組合批判。

2018/8/1        「対策委員会」による2月の聞き取り調査の際、大学側が被害者に、聴取詳細を他言しないことなどを内容とする誓約書への署名を迫った(口止めを強要した)ことが判明。職員組合発表。

2018/9/6       小山学長は、定例記者会見で「(飯塚博)工学部長の(職員組合からパワハラを裏付ける資料を受け取っていながら、大学本部への報告や事実確認等をしなかった)対応は適切」との認識示す。

 この経過をたどるだけでも、学生に対するパワハラ事案に勝るとも劣らぬ迷走ぶりである。特徴的なことは、

a) 最優先になっているのは、ハラスメント被害者の救済でなく、地域と文部科学省に対する大学のメンツであり、そのために加害者を陳腐なまでに防衛する姿勢が顕著なこと。

b) 処分は学内規定によった、ということらしいが、準用したセクハラの規定のうち軽い方を適用しかつその中で最も軽い処分としていること。これは果たして実質的な処分なのか?

2)発覚-調査-処分という一連の流れの中で、被害者への謝罪や補償が一切行われていない上、事情聴取の口止め等まで行おうとしていること。特に「口止め」はさらなる人権侵害に当たる。被害者が同僚や弁護士にさえ相談できなくなり一層孤立化する。

3)職員組合も指摘しているように、ハラスメント防止体制の整備、見直し・再構築等が一連の諸事案を経た前後で極めて不十分で、様々なハラスメントの温床が依然として放置されたままであること。

 もし昨年9月の時点で、事件を「終息」としているなら、学生や父兄だけでなく、地域社会も到底納得していないのではと思われる。事ここに至って、今後の本プロジェクトの大々的発展は本当にあり得るのだろうか?センター長はこの分野の実績を買われ、企業から大学へ移った人材である。企業と大学との人的交流は、基本的には進められるべきであり、実際閉鎖社会である大学に新風を吹き込み新しい化学反応が起きている例も多くある。また、一部では企業人の方がいわゆる「世間的常識」があり、ハラスメントについても外面を気にする企業風土で育った故に意識も高い、という見方もある。しかしながら個々のケースでは必ずしもそうではない。大学も、特に組織の将来をかけたキーパーソン(理事等の役員も含まれる)を外部から招へいする場合には、専門分野の実績に加え、やはりハラスメント歴(現在は“評判”でも法律が出来れば犯歴?)についての「身体検査」が不可欠な時代になっているのではないだろうか?

山形大学の“その後” (1)

 河北新報の昨年の一連の記事*によると、本ブログのハラスメント資料、大学生の自殺について(3)-1~3で取り上げた山形大学の“その後”についておよそ次のような現状であることが分かった。まず事実経過を確認する。

*https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180724_53006.html, 201808/20180802_53010.html, 201809/20180907_53008.html

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201810/20181006_53041.html, 20181007_53019.html, 20181008_53020.html

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201811/20181114_53047.html, 20181115_53011.html

  • アカデミックハラスメントによる学生の自殺の問題

 まず事実経過の確認をする。

2015/11月       工学部4年生の男子学生が自殺

2016/6月        第三者委員会、指導教員の助教によるアカハラと自殺の因果関を 認める報告書を作成。

2017/5月        両親は、大学と助教に計約1億1900万円の損害賠償請求訴訟を山形地裁に起こす。

2018/11/14,15    遺族、同自殺訴訟で大学側と和解(山形地裁)。翌日、工学部長は訴訟和解の説明を拒否。

 この問題については、既に本ブログで取り上げているので(ハラスメント資料、大学生の自殺について(3)-1~3)詳細はそちらを参照して頂きたいが、最大の問題は、17年7月の第1回口頭弁論で遺族が証拠提出した上記第3者委員会の報告書について、大学側は答弁書で「第3者委員会の調査結果はそのまま大学の判断となるわけではない」と反論したことであろう。これは、自ら依頼した調査の結果さえ認めないという矛盾をさらしつつ賠償責任を逃れようとした呆れた姿勢である。第1回口頭弁論の後初めて8月に開かれた学長の定例記者会見では、自殺した学生の両親への思いを問われ「一般論としては申し訳ない。裁判の話とは別個に申し訳ないと思っている」と述べている。どうして「裁判の話とは別個」になるのか本当に理解に苦しむ。

 昨年11月の和解の容は明らかにされていないが、公判当初大学が示したこのような姿勢と関連して、和解に際してのなんらかの説明(責任を認め賠償金を払ったこと等)は最低限必要なのではないだろうか? 国立大学という税金で運営されている最高学府の姿勢としては、地域住民・国民に対する説明責任は当然で、論理的・倫理的にも破綻した不誠実極まりない対応と言うべきであろう。

 ちなみに、2016年10月加害者の助教には停職1か月の懲戒処分がなされている(処分の際当該学生の自殺は公表していない)が、現在も在職中であるらしい。また、学生へのパワハラ事件はこの事件後も頻発していて、現在までに少なくとも4名の自殺者が出ている。これは2015年の事件が教訓化されることなく再発防止策も殆ど奏功していない状況が続いていることを示唆しているのではないだろうか。